テ・オリ・タヒチ・ヘレ福岡は、福岡市・北九州市を中心にレッスンを行うタヒチアンダンス専門スクールです。

プロフィール

講師紹介

成定 則子Te Ori Tahiti Here Fukuoka 代表・インストラクター
成定 則子(なりさだ のりこ)

タヒチアンダンスとの出会い

当時、会社員だった頃私がタヒチアンダンスを始めたのは、ダイエット目的でした。当時、会社員だった頃、制服のスカートがきつく感じ、ウエスト周りをどうにかしたいとジムに通っていましたが、劇的な変化はありませんでした。変わり映えのない景色の中で、トレーニングマシーンに乗って運動をするのが退屈に感じていました。そんなある日、タヒチアンダンスのドキュメンタリー番組を見て衝撃を受けたのです。女性の腰を回す姿に目が釘付けになりました。「これなら楽しく踊って、ウエストのシェイプアップも出来るのでは?」と思い、早速地元のカルチャセンターの講座に通い始めました。

当時、会社員だった頃始めて聞いたタヒチアンビートは、今でも忘れられないほどの衝撃的なものでした。帰宅し眠りに落ちるまで、そのビートは私の心を揺さぶり、楽しませてくれたのです。それが、タヒチアンダンスにのめり込むきっかけとなったのです。

さらなるステップを求めて

さらなるステップを求めてしばらくは、カルチャーセンターのレッスンに通いましたが、レッスン時間や回数に物足りなさを感じ、カルチャーセンターの講師が別に持っていた教室へ移ることを決めました。ある時、タヒチアンダンスコンペティションのエキシビジョンに出る機会があり、そこでのレベルの高いパフォーマンスを目の当たりにし、自分に不足しているところを気付かされました。

さらなるステップを求めてタヒチアンダンスは、腰を力強く動かしますが、それに反して上半身はリラックスした状態で、腕や手はスムーズに動かさなくてはいけないのです。、その”しなやかな上半身の動き”が足りなかったのです。そこで、”しなやかな上半身の動き”を身につけるべく、以前から、動きが繊細で表現に豊かさがあると感じていた「フラ」を学ぶことになりました。

さらなるステップを求めてこの時には、ダンスはすでに単なるダイエット目的ではなく、生活の一部となり欠かせないものとなっていました。

夢が生まれる

chap3-01はっきり言うと、最初から上手に踊ることは出来ませんでした。運動神経は、幼少の頃から良かったのですが、リズム感や踊りに関しては、才能がある方ではなかったと思います。それでも、タヒチアンダンスとフラが好きで、練習を重ね、上達する術を身につけようと励んでいました。上達したいと思う私を支えていたのは、ただ一重に「努力」と「情熱」だったと思います。その「努力」と「情熱」が、次第に“講師になりたい”という「夢」へと繋がっていきました。

chap3-02タヒチアンダンスもフラもそれなりに楽しく踊り、技術も身についていきましたが、次第に表現の難しさに悩む日々となりました。考えてみると、ダンスで表現されるハワイの山や海、風や花、全て見たことも感じたこともなかったのです。

夢が生まれるステップアップするために、ハワイの風土と文化を肌で感じたいという思いが沸々と湧き上がり、ハワイへのダンス留学を決意することになりました。 直前は不安に思うことも多々ありましたが、家族や友人、講師やダンスメイト達の励ましに支えられ、大きな夢を抱き、2012年2月ハワイへ渡米することができました。

Mareva Nopuentet(マレヴァ・ノプエンテ)との出会い

Mareva Nopuentet(マレヴァ・ノプエンテ)との出会いハワイに留学した当初は、全く英語も喋れず、聞き取ることも出来ませんでした。中学校時代から英語は苦手科目で、文法もボキャブラリーも乏しく、語学学校では苦労しました。なんのコネクションも持たずにハワイへ飛び込んだ私は、語学学校で出会った友人や、ホームステイ先の方々から情報を少しづつ得ながら、タヒチアンダンスとフラを学べる場所を探しましたが、教室探しは順調には進みませんでした。

Mareva Nopuentet(マレヴァ・ノプエンテ)との出会いしかし、ハワイに渡米してから一ヵ月後、日本でダンス留学のアドバイスを下さっていた方がハワイに渡航して来たのです。幸いにも、その方とハワイでお会いすることができ、彼女の紹介で、Mareva Nopuente(マレヴァ・ノプエンテ)と出会いました。そして、彼女が主宰する「Te Ori Tahiti Here(テ・オリ・タヒチ・ヘレ)Hawaii」でタヒチアンダンスを学ぶことを決めたのです。初めてレッスンを受けた時、講師であるMareva(マレヴァ)の話している英語が全く理解出来ませんでした。それでも、彼女から指導を受けたいと思ったのは、彼女の笑顔に魅了されたからです。彼女の笑顔は、まるで向日葵のように明るく輝いていて、今でもそれを鮮明に覚えています。

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Kumu Ka’ilihiwa Vaughan-Darval(クム・カイリヒヴァ・ヴォーン・ダーヴァル)との出会い

Kumu Ka’ilihiwa Vaughan-Darval(クム・カイリヒヴァ・ヴォーン・ダーヴァル)との出会いタヒチアンダンスの教室が決まり安堵しましたが、フラの教室を見つけることが出来ずに焦りを抱える日々が続きました。ハワイのHalau(ハーラウ/フラスクールの意)は、ウェブサイトを持っていないことが多く、Kumu(クム/フラの先生の意)に連絡を取ることさえ難しかったのです。

chap5-02また、連絡先を見つけ連絡をしても、お断りされたり、返信が来ない状況が続く中、唯一 Kumu Ka’ilihiwa Vaughan(クム・カイリヒヴァ・ヴァーン)だけが温かいメッセージを下さり、彼女のハーラウ「Halau Hula Ka Lehua Tuahine」(ハーラウ・フラ・カレフア・トゥアヒネ)に快く迎え入れて下さいました。クムは、寛容で温かい心を持っており、誰よりもパワフルでした。また、彼女のフラは美しく上品で、彼女の人柄とフラに、たちまち魅了されてしまったのです。ハワイへ渡米して3ヶ月後、ようやく私はフラを本格的に学び始めました。

苦悩

苦悩ハワイに在住していた約2年半の間、私はタヒチアンダンスとフラを、それぞれ違う講師から学んでいました。講師達は、独自に素晴らしいダンススタイルを持ち、私にとって、それらを学べることは、とても恵まれた環境でした。しかし、週に4回、タヒチアンダンスとフラのレッスンを交互に受けることは、簡単なことではありませんでした。レッスンが終わる度に、翌日受けるレッスンのために頭を切り替えなくてはならず、またコンペティションやダンスショーが、それぞれの教室で重なることもあり、調整に頭を悩ませました。

chap6-02ステップや表現方法の切り替えも難しく、講師になるためのティーチングレッスンで学んだのは、フラの上半身の表現や動きはタヒチアンダンスでは優雅過ぎるということでした。それからはフラとタヒチアンダンスの表現の違いをはっきりと理解し、矯正していきました。また基本ステップにおいても自分なりの癖がかなりあり、矯正に時間がかかりました。それでも、Mareva(マレヴァ)は、私が理解し易い英語を使い、指導方法を考え、丁寧に指導してくれました。

chap6-03二つのダンスを両立することで、色々な葛藤があり、涙することも度々ありました。一時は、踊っていても「楽しくない」と感じることもあったし、どちらかのダンスを止めた方がいいのではないかと考えたこともありました。ですが、葛藤する度に、ハワイのダンスメイト・フラシスター達、友人達に支えられ、日本に帰国するまでの間、両立することが出来たのでした。

文化にふれる

文化にふれるまた、留学中時間があればハワイの歴史や文化を学ぶ為に時間を費やしていました。ハイキングや海に行って自然を肌で感じ、博物館に行き歴史を学び、文化を感じられるようなイベントに出掛けていました。この経験を通して、私はフラをより身近に感じ、そして、フラがどのような文化の中で育まれていったのかを学ぶことが出来ました。

文化にふれる一方、ハワイでタヒチアンダンスは盛んに踊られ、コンペティションもありますが、タヒチアンダンスの世界観は、ハワイには少ないように感じていました。タヒチの文化を感じたいという思いから、帰国する直前に、タヒチへ旅行することを決めました。 タヒチの海や山、咲いている花も少しずつハワイとは異なり訪れて良かったと感じさせてくれました。タヒチの人々が話す言語は、フレンチとタヒチアンです。彼らとコミュニケーションをとることは、簡単ではありませんでしたが、人々は素朴で親切でした。彼らは、パレオを巻いて道を歩いていて、首都パペーテでは、夜になると人々はダンスクラブに集まり、街で頭に付ける花飾りを買い、それを身に着けて踊りを楽しみます。ハワイでは、パレオや花飾りは、タヒチアンダンスのレッスンやパフォーマンスの時に身につけます。

文化にふれるしかしタヒチでは、それらが今でも普段の生活の中に残っていました。私は、短い期間ながらも、タヒチアンダンスを産み育んできた風土を学び、感じることが出来できたのです。これまで、タヒチアンダンスを踊っている時に見える景観はハワイのものでした。ですがタヒチから戻り、レッスンで踊った時には初めてタヒチの景観を見ることが出来たのです。初めてタヒチアンダンスを踊れたと心から感じることができました。

文化にふれる文化にふれる

帰国して

帰国して現在は、福岡市を中心にレッスンを行っており、10代~60代と幅広い年齢層の方々にタヒチアンダンスを楽しんでいただいています。そして、指導者という立場になり、ダンサーの時には学べなかった多くのことを生徒達から学ばせてもらっています。レッスンのたびに苦手だったステップを克服していく姿を目の当たりにすると指導することの喜びを感じます。また、生徒たちからたくさんのエネルギーをもらっています。一方的に指導するのではなく、お互いのエネルギーを循環させることでより良いレッスンになっていくのだと思っています。

帰国して帰国と同時に自身の講師と離れたこと、またダンサーから指導者へと立場が変わったことで不安を感じる時期もありましたが、生徒達が「楽しい」と言ってくれるたびにハワイ校インストラクター Mareva Nopuenteが授けてくれた「教え」に対して感謝と誇りで胸いっぱいになります。その誇りと、生徒達の「タヒチアンダンスを心から楽しみたい」という思いが、私とTe Ori Tahiti Here 福岡の原動力となっています。

帰国して年齢に関係なく「タヒチアンダンスを楽しみたい」と思う方にも、「もっと自分のダンスをレベルアップしたい」と思う方にも、それぞれに合ったレッスン方法を提供できるように、これからもいろいろなことに挑戦していき、すべての人と踊ることの喜びを分かち合っていけるようなレッスンにしていきたいと考えています。

皆様に

chap8-01私にとって、タヒチアンダンスもフラも、ただの異国の舞踊ではありません。ハワイで暮らし、タヒチへ赴き、その土地の文化と風土を肌で感じてきたからだと思います。体感してきたからこそ伝えられる内面から表現するダンスを皆さんとシェアし、指導していきたいと考えています。私の講師 であるハワイ本校インストラクター Mareva Nopuente は、日本に来日することもあります。

chap8-02日本人である私からだけでなく、彼女からも学ぶことで、彼女から溢れる情熱やタヒチアンスピリッツを感じて欲しい、タヒチアンダンスをより身近なものとして感じ、表現して欲しいと思っています。内面から湧き出る感情を、表現する喜びを知って欲しいと心から願っています。

実績

コンペエティション

2012.7 アラモアナショッピングセンターステージショーにてパフォーマンス
2013.4 UNIVERSITY LABORATORY SCHOOL FUNDRAISER(ユニバーシティー・ラボラトリー・スクール・ファンドレザー)にてパフォーマンス
2013.6 Kameha Hula competition (カメハメハ・フラ・コンペティション)にてパフォーマンス
2013.8 Heiva I Kauai Exhibition(ヘイバ・イ・カウアイ・エキシビジョン)にてパフォーマンス
2013.12 アラモナショッピングセンターステージにてパフォーマンス
2014.3 Heiva I Honolulu(ヘイバ・イ・ホノルル ※タヒチアンダンスコンペティション) ソロ部門にてパフォーマンス
2014.4 Heiva I Oahu(ヘイバ・イ・オアフ ※タヒチアンダンスコンペティション) ソロ部門にてパフォーマンス
2014.5 21 Annual Austronesian Formal Linguistic Association Conference (オーストロネシア正式言語関連会議)にてパフォーマンス
2015.7 Heiva I Fukuoka(ヘイバ・イ・フクオカ ※タヒチアンダンスコンペティション)ソロ部門にてパフォーマンス ファイナリスト

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